無職と就職と転職と5

将来、というのも難しいが、少なくとも現状の自分がもらうお金、待遇も上げていく必要があった。「派遣元の」ですら正社員で無く、安い給料に謎の見込み残業と、定時後の「休憩時間」。「現状」と言えど脱却出来る保証も何も無く、これが「生業」になるかも知れないという思いもあり、焦っていた。

工程としても、商流としても最下層で、得られる物は電話対応の知識。ITの入口でよく言われる「派遣で経験を積んでいずれは正社員」だとか、「マネジメントかスペシャリストかを目指す」だとか、どれも叶わぬ夢だ。と、その頃は思った。

今思っても確かに得られるものは無かった。ただ、そこで頑張り続けるという選択肢も無くは無かったのかなと今では少し思う。ただ、それも今のぼくだから思えるだけで、そのまま居たらダメだったかもとは思う。

一先ず半年働いたところで、派遣で生きるための環境整備に動いた。動いたが、自分の市場価値というものが、ITの世界では無いに等しいと分かっていたのが逆に悪く作用した。

正社員(勿論「派遣会社の」)という名前と、少しでも提示が上がるというだけでぼくは軽々しくも転職を決めた。

証券会社時代から東京駅〜神田(秋葉原)を離れた事が無かった職場も、都下の某田舎まで飛んだ。

ただ、通勤は完全に社会の流れと反対(下り)だったので、時間程苦痛では無かった。通勤時間は殆ど資格の勉強に使えたし、勿論それ以外に使う事も出来た。

シフト制の仕事も初体験だった。ただ、夜勤も「仮眠」があったので(終盤は5時間くらい寝ていた…)辛くは無かった。雪が降りそうだったらプロパーのえらいさんやシフト長がすぐに「早目に帰れ」と言ってくれたし、子供が熱出したと言えば「始発で帰れ」と言ってくれたし、人間関係もコミュ障のぼくをいじめるような人も当初は居たが、話し合ってやめてくれたので快適だった。

下流だが、関わるシステムは多岐に渡り、記憶媒体がカセットテープのものや、アナログ映像網から、当時最新のシスコL3スイッチと勉強にはもってこいな現場だった。

が、それも今だから思える事で、当時の「わかる事が殆どない」ぼくは「真面目なやつ」というだけで何も役には立てなかった。手順書が無いと何も調べられないし、分からないままのやつだった。

僕は2年そこに勤めて、最終的には自社の都合で「退職して妻の実家を継ぐ」という無茶なシナリオでそこを去る事になったが、その間に「取っときたい資格」を取れた。2人で行動する事が多かったので、色んなタイプの人と話をして、仕事をして、「対人の苦手感」もここで大分和らいだ。ぼくは「田舎のまったりIT」をこの時に覚えて、最後の転職の時にそれを選ぶのだが、そらまた別の話。

で、「自社の都合」で放り込まれた次の現場は一応仮想インフラ構築の現場で、その後の運用もやるという、言葉にするとちゃんとした現場だが、「これぞIT派遣」という感じの、「何も教えてくんねー上に扱いが悪い」現場だった。

扱いも悪いが、当時の僕も引き出しが少なく(というか無かった)、「言われた事以上」が出来なかった。正解を出した事が無いから当然だが、遅々として進まない運用設計。焦る上司とぼく。言葉もお互いに荒くなり、この時初めて「上司の悪口」で飲み会を開いた。

これも「今思えば」の話になるが、上司=上位会社のリーダーも経験があまりなく、答えを一緒に探していくようにしていければ良かったのかも知れない。ただ、当時は僕も「人と話せる」にやっと辿り着いたところだったので、うまいコミュニケーションが出来なかった。ぼくは初めて派遣の権力を行使した。

金ない

「やろう」と言ってるわけではないし、「やるのが正解」と決まったわけでもない。

会議の場では、よく分かっていない部長達が「どうすれば家で会社に居るのと変わらない仕事が出来るか」を議論しているが、そういう話だったっけ?違うよな?

それなら会社に来る必要が元々ない。いや、これも違う。「そういう話じゃない」。

今回のコロナテレワークは「不要不急の外出を避ける」ところがポイントなのであって、通常のテレワークの事は別問題なのだ。

お前達が会社に来るのは感染症にかかるリスクを会社でまるごと受け止めるほどの緊急の理由なのか?というところに発端があるわけで、新型コロナ感染者が出ました、会社が晒し上げくらいました、工場も止まりましたとならないために、色々と「止める」のだ。

「止めない」工夫も勿論忘れたらいけんけど、「止める」という本懐を忘れたらいかん。

システム的に何も揃っていないから、揃えなきゃと思うのは分かるし、そう思うきっかけになったのはいい事だと思う。

みんなにも大切な人がいるだろ

おじいとおばあと言えばこどもの頃は「お小遣いをくれるやさしい人」くらいの存在だと思う。親が「お父さん」とか「お母さん」とか言ってて混乱する。

ある時からはいつも病室で会う人になり、いつの頃からかそれも終わり、自宅で殆ど部屋から出て来ない人になる。

初めにご挨拶して、親戚の子供と遊んでると、時々お菓子やおもちゃをくれるために呼ばれる。

学校頑張ってるか、風邪ひいてないかとか色々聞かれたけど、そっけない、わけではないけど、弾ませるような会話テクも無いから話も続かなくて、こどもの僕は「もう帰りたい」感じを出していたかも知れない。

僕は親にもそうだが、祖父母(祖父は父方、母方共に僕が生まれる前に亡くなった)に「かわいい孫」をしてやれなかった事が今になって悔しい。

元気な時にひ孫のかわいさを見せてやれた事だけはよかったと思う。

反社

宮迫さんの一連の騒動に至っては、僕は宮迫さんの事が元々苦手な芸人さんと思っていたのもあり、「やめろやめろー」と思っていました。

そしたら記者会見を開いて(本人は「謝罪会見」のつもりらしいですが)、「やめてもええから会見する覚悟は見せてたんです!で、会社には言うたんです!引退するから会見させろと!」言い始めました。

はあー、口だけ「引退宣言」です。3回くらいは言いましたね。「僕が全責任を負って」みたいに。妻子もあるのに。

で、引退するんですか?と聞かれたら「いや、僕はお笑いしか知らないので…」である。それなら最初から言うべきで無かった。

しかしながら、そもそも反社が友達なわけでもないし、お金をあげていたわけでもない。ほとぼりが冷めるまでほっとけばいい程度の、罪ですらないのに、闇営業の言葉が独り歩きしている。

もしそれで責めるのが正論だと宣うならば、闇営業をした事がある芸人全員画面から消して欲しい。

やくざと付き合いのあるたけし、吉本の芸人と仲のいいさんま、みうらじゅんや山田五郎と仲のいい(?)タモリを筆頭に、犯罪の臭いがしない芸人なんて殆ど居ない。デリヘルで内緒のことをしてもアウトだ。

そこまでやるなら言っていい。スピード違反でも、追突事故でもクビにすりゃいい。

チューした(しかも最初に認めた)だけで崖の下まで落ちた山口メンバーも浮かばれまい。一掃して欲しい。全てのテレビ出演者をクリーンに!

明日にきらめけ

おれがなる、なってしまうと思って諦めた姿が、M-1前のミルクボーイで、なりたい理想の姿はM-1後のミルクボーイだと言える。

内海がギャンブルにハマっていて、肥満体のところもよく似ている。逆にストイックに筋トレをしていた頃もあるので、駒場に、は似ていない。あそこまでの話ではない。

絶望だか、失望だかして、「お笑いから逃げていた」時期が5年もあったという。落研のお笑い好きが、笑いをやらずに筋肉をつけて、お馬さんに賭けていたそうだ。

しかし「憧れて入って来た笑いの世界。俺達はもう一度漫才をやろう」と気合を入れ、筋肉もギャンブルも置いて練習、ネタ合わせに明け暮れたという。

元々センスがあったと言われているが、それまで同じようなネタをやって滑り倒して(?)いたのが、かまいたち、和牛を差し置いて優勝したのだから面白い。

恥ずかしながら僕はミルクボーイの事をM-1(しかも決勝のその日)まで知らなかったが、角刈りにしても筋肉にしても、「漫才のためではない」としながらも、己を変えようと努力した人間が報われるのは、「変わりたい」と思う僕達(あなたも)の勇気になる事件だったと思う。

ミルクボーイは別に僕の友達でも何でもないのでその恩恵には与れないが、身の引き締まる思いがした。

ただ、僕はニューヨークを応援しているので結果には不満です。実際あの中では一番面白く無かったけど、嶋佐さんの雰囲気は坊主になる前のダウンタウン松本さんを思わせるものがあるし、ツッコミの人は阪神の高山に似てるし。

来季の高山に期待!

日経は暴れない

「日経暴落!」と新聞が書けば、証券売買の事を知ってる人も知らない人も「なんかヤベエ」と思うのだ。

それを見てジジイは「ダウのローソクが…」と嘆き、新米投資家は「暴落は買い!」と【言う】し、ババアは茶を飲みながら「日経平均がなんか、すごいんでしょ?アナタ大丈夫?」と心配してくる。

何日か連騰した後の-300とかでも平気で「暴落」が使われる。逆に下げている時の+300ではあまり、いや、そもそも「暴騰」自体あまり言わない気がする。

せめて500円。±しないと暴れているとは思えない。勿論出来高の悪い時には毎日±50とか60とかが続いたりして、そんな時に-300!と来たら「おっ」と思ってしまうが、やはり「ヤベエ」と思うには500。一時1000くらいでないと「暴れた」という感じにならない。

「1000はほとんどないだろ」と言われるだろうが、逆に「よくある」動きに「暴落」「暴騰」なんて無茶な見出しをつけるのはいかがなものかと僕は思う。

投機

株の取引で命まで取られる事は無い。「買いは家まで売り命まで」と言うが、現におれはヘタクソで売りばかりだったけど死んだ事がない。

売りで「担がれる」時の恐怖はもう逆に「たまらない」域にある。何しろ売りを作る局面となると、出来高が細って来て板も殆ど無い値段にでかい玉が飛んで来る(現在は高速化が進んでそんなのも見るヒマがないだろうが)から、単純に怖い。

「これが全部成り行きになったら何円につくだろうか」と考えただけで心がストップロスする。

でも死なない。

普通に生きていれば、最初の売買で全力投球する人は居ない。コツコツ稼いで時々大きく儲けたり、やられたりする。

「一瞬でストップ高とかストップ安して寄り付かない銘柄もあるだろう!」とシロウトのエアプの人は言うが、そういうのは「そういう銘柄」だから、普通に生きて、普通に儲けようとして触る事はあまりない。

現におれは10年弱の間何度もそういう銘柄を見たが、一度も死んでいない(肉体的に、という意味で)。

何百万負けても命までは無くならない。逆に何百(千)万儲けても人生は何も変わらない。それくらいのレベルで楽しむゲームなのだから。